脱炭素を企業価値に変える。
伊藤忠丸紅鉄鋼と挑む「GXコンサルティング」

鉄鋼業界の強い課題意識から生まれたイノベーション
「脱炭素」とも呼ばれる二酸化炭素をはじめとした温室効果ガス(Green House Gas= GHG)削減の動きが本格化しています。日本でも、先進的な企業を中心に取り組みが進んでいますが、その第一歩となるのは、自社の企業活動でどれだけGHGを排出しているのかを把握する「可視化」です。
ただ、取り組んだことのない企業にとって、GHG排出削減の意義の全社的な共有や、可視化を実現するツールの実装・運用など、第一歩を踏み出すのは容易ではありません。今、この可視化のサポートを足がかりに、企業のGHG排出削減を後押しする新規事業に取り組んでいるのが、鉄鋼流通のプロ集団である伊藤忠丸紅鉄鋼株式会社です。
同社は、2001年に伊藤忠商事株式会社と丸紅株式会社の鉄鋼部門が分社・統合され設立された会社です。産業界でもGHG排出量が多いとされる鉄鋼業界に身を置く企業ゆえの強い課題意識を起点にした同社のイノベーションは、どのような座組みで推進しているのでしょうか。
まず、プロジェクトの鍵を握るツール開発では、システム開発などで高い技術力と豊富な実績を持つNTTコミュニケーションズ株式会社(以下、NTTコミュニケーションズ)が担当しました。そして、伊藤忠丸紅鉄鋼の意義ある取り組みに賛同したイグニション・ポイントが、事業創出/共創を行うイノベーションファームとして加わり、3社でGHG排出削減に向けた企業の意識転換や、新たな価値創出のサポートに乗り出しています。
一般に、GHG排出削減は義務感が先行しがちで、「利益につながらない」「取り組むメリットが見当たらない」というネガティブな捉え方をする企業も少なくありません。しかし、排出削減が待ったなしとなる中、3社の協働によるこのイノベーティブな取り組みが多くの企業のニーズを捉え、すでに初期の成果も表れています。このサービスの核となるのが、GHG排出量算定・可視化・分析を可能にするクラウドサービス「MIeCO2」(ミエコ)です。
MIeCO2活用で実現する「攻め」と「守り」のGX
NTTコミュニケーションズの協力を得て開発されたMIeCO2というツールを活用するこのサービスは、伊藤忠丸紅鉄鋼が商社として顧客に伴走するビジネスで得た知見が生かせるとはいえ、「モノ売り」ではない「飛び地の新規事業」に他なりません。この意欲的なチャレンジはどのように始動したのでしょうか。
今回、同社で立ち上がったこの新規事業を主導する同社インキュベーション室MIeCO2プロジェクトリーダーの加藤俊哉氏(事業推進・営業担当)は、新規事業立ち上げの意図をこう語ります。

▲伊藤忠丸紅鉄鋼株式会社 インキュベーション室
MIeCO2プロジェクト リーダー 加藤俊哉氏
「GHG排出削減は、いずれ取り組まなければならない企業の責務です。ただ、そうした義務感を伴う『守りのGX*』にとどまらず、排出削減に取り組むことで他社との差別化や優位性確立につなげる『攻めのGX』で、事業成長のお手伝いをしたいという強い思いが根底にあります」(加藤氏)
加藤氏とともにこの新規事業に臨む、インキュベーション室MIeCO2プロジェクトサブリーダーの清水謙氏は、カスタマーサクセス担当としてさまざまな顧客企業と実際に接する立場から、攻めの姿勢にシフトする企業が見られるようになってきたことを肌で感じるとして、意義を語ります。
「グローバルで事業を行うなど、激化する競争環境にあって、他社との差別化を求める企業や、中小規模でこれから排出削減に取り組む企業など、それぞれのニーズに即したサポートで寄り添っていきたいと考えています」(清水氏)

▲伊藤忠丸紅鉄鋼株式会社 インキュベーション室
MIeCO2プロジェクト サブリーダー 清水謙氏
こうした動きの中、GHG排出量算定・可視化・分析を可能にするクラウドサービスMIeCO2は、どのような経緯で生まれ、どのような特徴を持っているのでしょうか。加藤氏は、次のように説明します。
「MIeCO2につながるビジネスアイデアは、伊藤忠丸紅鉄鋼社内で2020年に行われた、新規事業創出のワークショップがきっかけで生まれました。ただ、最初からGHG排出量算定・可視化・分析ツールをつくることを目指していたわけではありません。当初は、排出量自体を減らすソリューションを持っているパートナーとの協業や、製鉄の過程で生み出される副産物を活用する排出削減手法開発など、さまざまな方向性を検討していました。ただ、議論を深めて分かったことは、どんな事業計画で進めるにしても、『GHG排出量を把握できなければ始まらない』ということでした」(加藤氏)
こうして、GHG排出削減を目指す企業の究極にして共通のニーズである「排出量の可視化」にたどり着いた新規事業の骨格は、「可視化ツールを活用したGX支援事業」へと収れんしていきます。その後、プロダクト作成のパートナーを模索し、MIeCO2のベースとなるプロダクトを自社で開発していたNTTコミュニケーションズに打診、2022年にプロジェクト推進に向けて協働していくことが決定しました。
NTTコミュニケーションズでMIeCO2の開発に当たった同社のビジネスソリューション本部スマートワールドビジネス部スマートインダストリー推進室の久保田洋氏は、自社開発のシステムをMIeCO2へとブラッシュアップしていった過程をこう語ります。
「当社で開発したGHG排出可視化ソリューションをベースに関係者の声をヒアリングし、より幅広い業種や、規模の異なる企業の用途に対応できるようUIやUXを中心に磨き上げ、いっそう使い勝手のよいシステムを目指していきました」(久保田氏)

▲NTTコミュニケーションズ株式会社 ビジネスソリューション本部
スマートワールドビジネス部 スマートインダストリー推進室 久保田洋氏
このタイミングで、新規機能の追加も行われました。リリース当初、同種のツールでは珍しかったシミュレーション機能やカーボンフットプリント機能などがそれに当たる、と久保田氏は紹介します。
このような機能追加の背景には、サプライチェーン上にある企業など、事業者の活動に関連する他社のGHG排出まで視野に入れた「Scope3」など、今後より広範なGHG排出量の把握・削減へと発展していくことが予想される状況があります。
この取り組みの強みは、ツールであるMIeCO2にのみあるわけではありません。伊藤忠丸紅鉄鋼には、これまで商社として培ってきた情報収集能力と知見、幅広い人脈の蓄積があります。この、顧客とともに解決を目指すカスタマーサクセスの力が、ツールであるMIeCO2の活用にとどまらないサポートを可能にし、支援先企業のカルチャーから変革してGXが自走できる体質になるまで見届ける。このことに、加藤氏はこだわっていきたいと明言します。
そのような態勢にイグニション・ポイントが参画したのは、MIeCO2リリース1年前の2022年10月です。ここからプロジェクトは一気に加速していきます。伊藤忠丸紅鉄鋼と、「事業創出/共創を行うイノベーションファーム」であるイグニション・ポイントが、互いの強みをかけ合わせて実現する新規事業の内容は、どのようなものだったのでしょうか。
MIeCO2を活用したGXコンサルティング
この事業を伊藤忠丸紅鉄鋼と推進する、イグニション・ポイントのコンサルティング事業本部ストラテジーユニットシニアマネージャーの坪内俊樹は今回の取り組みについて、「ビジネスアイデアを、既存事業領域とは異なる新規事業に育てていく過程で、私たちが培ってきた新規事業開発のケイパビリティをご提供することになったのが始まりでした」と、当初を振り返ります。

▲イグニション・ポイント株式会社 コンサルティング事業本部 ストラテジーユニット
シニアマネージャー 坪内俊樹
坪内は、かつて鉄鋼専門商社に在籍した経験があり、業界特有の言語や商習慣に関する理解があり、一方でイグニション・ポイントの一員として、デジタルテクノロジーに関する知見も持ち合わせていました。MIeCO2開発途上では、その利点をいかんなく発揮し、伊藤忠丸紅鉄鋼とNTTコミュニケーションズの意思疎通に欠かせない、重要な「翻訳者」の役割を担いました。これが奏功し、スムーズかつスピーディーなMIeCO2開発に寄与できたのではないかと分析しています。
伊藤忠丸紅鉄鋼で芽生えた新規事業のアイデアは、2023年9月にMIeCO2として正式リリースされました。そして、2024年11月には、それまで事業開発を第三者として支援していたイグニション・ポイントが事業パートナーとして参画し、GHG排出量の可視化を起点とした「守りのGX」および「攻めのGX」の取り組みを包括的に支援するサービスとして、「MIeCO2 を活用したGXコンサルティング」を始動させることになりました。
今回イグニション・ポイントは、通常の支援の枠を超え、社会的な意義も大きいこの事業のパートナーとして関わり、純粋なコンサルティング機能のみならず、大企業やスタートアップとのネットワークを活用した新たなエコシステムの形成なども視野にいれ、機動的にケイパビリティとリソースを投入していくことになります。
伊藤忠丸紅鉄鋼と一体となってこの新規事業をスケールさせる意気込みは、2024年11月に発信されたプレスリリースにも明確に表れています。
あらゆる可能性を力にしてKPI達成を目指す
イグニション・ポイントも加わり、新たなフェーズに突入したMIeCO2事業について加藤氏は、「2028年時点で税引き後純利益1億円」をKPIに掲げていると語ります。また、それを達成するため、現在およそ100件のMIeCO2導入件数について、2026年には300件以上を達成したいとしています。こうしてGHG排出量可視化に取り組む企業を増やし、一定の知名度とポジションを確立する目論見です。
カスタマーサクセス担当の清水氏は、導入件数増加の強力な武器となるのは「ユースケースの提示」だと考えています。現状では導入事例が限定的であり、業界や課題が異なるなど、検討する企業の参考にならない場合も多いからです。そこで、自社にとって取り組むメリットをイメージできるユースケースを示すことが、大いに役立つのです。
ユースケースの例として清水氏が挙げるのは、採用の視点です。「『同じエリアにある同業種の企業の中で、唯一脱炭素に取り組む企業』となることで、社会課題解決などに前向きな人材に対する大きなアピールにつながります」(清水氏)とし、人材不足に悩む多くの企業のメリットになると指摘します。
また、自社と取引の大きい企業がすでに脱炭素に取り組んでいて、サプライチェーン全体の排出量を意識し始めているのであれば、いち早く取り組むことが自社の持続可能性や成長にとって大きな意味を持つことになります。
清水氏は、今後もこうしたユースケースを増やし、より多くの企業がメリットを納得しやすいようにしていきたいと語ります。
一方で加藤氏は、KPIを達成するためにはMIeCO2の導入件数だけでなく、支援先企業の目標を初期の可視化から、「カーボンクレジット」や「資源循環」などへと導き、本丸であるGXに向けた多様な施策提案でマネタイズポイントを増やしていくことが不可欠と語ります。そして、その実現においても、イグニション・ポイントに対する期待は大きいと明かします。
これに応じて坪内は、「上場企業は成長を促す投資を呼び込むために、もはやGXの取り組みは必須です。これまでGHG排出に関するデータを人手に頼って表計算ソフトにまとめていた企業でも、デジタルの力で緻密かつ効率的に可視化・分析できるツールは、従業員がコア業務に集中する意味でも必須でしょう。また、非上場企業においても、成長を期して金融機関から融資を受ける際など、GHG排出削減に取り組んでいることで好条件が得られるケースも出てきています」と、GHG排出削減がさまざまな面で企業にとって有利に働くことを広くアピールし、KPI達成に貢献する意欲を語ります。
では、実際にMIeCO2を導入して、GHG排出削減をはじめとしたGXに取り組んでいるのは、どのような企業なのでしょうか。
事例に見る「上場企業の責任」と「中小企業の戦略」
事例として加藤氏が挙げたのは、建設工事用仮設鋼材の賃貸および販売などを行うプライム市場上場企業のジェコス株式会社です。同社は、社会的責任から脱炭素に積極的に取り組んでおり、これまで表計算ソフトで管理していたものを、MIeCO2の導入によって効率化・精緻化しました。
MIeCO2は表計算ソフトで起こりがちな人為的な入力ミスや、複雑なマクロなどを使用しているため後任に引き継がれないなどの属人性からユーザーを解放するだけでなく、外部の環境コンサルティング会社監修によってデータの確からしさも担保しています。
2例目として紹介したのは、関根床用鋼板株式会社の事例です。この企業のある千葉県の浦安鉄鋼団地では、270社ほどの鉄鋼加工を中心とした企業が集積していますが、MIeCO2導入をきっかけに関根床用鋼板が音頭をとって、団地内の企業とGHG排出削減の取り組みを進めようとしています。こうした面的な展開によって、鉄鋼団地全体の価値向上、競争力強化が期待できます。
関根床用鋼板がコスト面や納期面での強みとして従前から打ち出していたワンストップで対応可能であることは、製品の輸送距離や回数を減らすことができるため、GHG排出量の削減にもつながっています。同社は、今後こうした成果をホームページなどで発信していく考えだといいます。このように、意欲的な取り組みを行っているにも関わらず、これまで対外的なアピールを十分に出来ていなかった企業が、定量的・客観的な指標を使って取引先や社会に広く発信できることもGHG排出量可視化に取り組むメリットと言えます。
今後はユーザーなどのフィードバックを受け、さらなるMIeCO2のアップデートを行うと同時に、Scope3算定を視野に、第三者認証機関とのパートナーシップなども検討、ますます信頼されるGXコンサルティングの体制を整えていく予定です。また、当初は主に鉄鋼業界へのアプローチが多かった活動の幅を広げ、今後は建設や物流、自動車など、業界の特性に対する深い理解をベースに、対応できる業界を広めていく考えです。
伊藤忠丸紅鉄鋼は伊藤忠商事と丸紅という大きなネットワークを持つ2社との関わりがあり、一方のイグニション・ポイントも電通グループとしてグループ内外の関係企業が多く、今後の顧客獲得に向けて潜在的なターゲット層は幅広いものがあります。ただ、この点について坪内は、次のように考えを語ります。
「今後MIeCO2の活用をより多くの企業に訴求していきたいという思いはありますが、リソースの制限もありますから、業種を問わず全方位的にというわけにもいきません。私たちイグニション・ポイントの使命は、幅広くGHG排出削減を取り巻く情勢の変化をリサーチしながら客観的かつ論理的に判断し、伊藤忠丸紅鉄鋼と当社の強みをかけ合わせ、それを最も生かせる領域へと選択と集中を行っていきたいと考えています」(坪内)
こうした一連の活動の一環としてイグニション・ポイントは、2024年10月にMIeCO2を導入、自らユーザーとなってGHG排出削減に取り組もうとしています。その過程での気づきやMIeCO2の使い勝手などが、今後の新規事業成長に役立つはずです。
非製造業に当たるイグニション・ポイントは、製造業などと比較して脱炭素の意識が希薄な業界ですが、昨今の爆発的なAI導入による電力消費の高まりなどから、発電に由来するGHG排出などは無関係ではなく、他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出を問うScope2の算定も意識する必要があります。そのため、当事者として社内の意識を醸成する意義も大きい取り組みといえます。
今回のGHG排出量可視化において、社内の調整やデータの収集、MIeCO2へのデータ入力に当たったのが、イグニション・ポイント入社以前から、社会が地球環境に与える影響などを研究してきたコンサルティング事業本部ストラテジーユニットアナリストの村上彩希です。村上は、今回MIeCO2を使った自社のGHG可視化の実務に当たった体験から、今後GXコンサルティングに携わる上で欠かせないインサイトを得たと語ります。

▲イグニション・ポイント株式会社 コンサルティング事業本部 ストラテジーユニット
アナリスト 村上彩希
「MIeCO2を使ってデータを集めて気づいたのは、可視化に当たって業務の現場のどこにどのようなハードルがあるのか、ということです。ただ、これまで一般的に表計算ソフトを使って行ってきたものをツールに置き換えるだけで、そのハードルが大きく下がることを実感しました」(村上)
非製造の業界におけるGXは明確になっていないことも多く、イグニション・ポイントはそこに先鞭をつけたかっこうです。
伊藤忠丸紅鉄鋼とイグニション・ポイントによるコラボレーションは、NTTコミュニケーションズをはじめとしたパートナーと協働し、これからも「脱炭素を企業価値に変える」ため、力を合わせていくことになります。
