「ブランド価値に対するモータースポーツ活動の貢献度を測る」
これまでにない難題に挑んだ三菱自動車工業

三菱自動車工業
「自動車メーカーのブランド価値向上に、モータースポーツ活動はどれほど貢献しているのか」。メディア露出効果などを指標としてきたこれまでの調査では、なかなか実態を把握できずにいたテーマです。今回、三菱自動車工業株式会社(以下、三菱自動車)は、なぜこのテーマに取り組むことになったのでしょうか。また、再現性のある測定手法の模索に、三菱自動車とワンチームで当たったイグニション・ポイントは、どのような布陣とケイパビリティで臨み、解決へと導いたのでしょうか。

時代が求める効果測定、要請はモータースポーツにも

三菱自動車は、メーカーとして長くモータースポーツに取り組んできました。同社でモータースポーツ活動に関わりその様子を見つめてきたラリーアートビジネス推進室の大谷洋二氏は、こうした活動を次のように振り返ります。

「当社のモータースポーツ活動が大きく拡大していったのは1980年代です。中心となったのは、パリ・ダカールラリー(現在のダカールラリー)やWRC(FIA 世界ラリー選手権)です。2000年代の半ばにはいったん活動を休止しましたが、三菱自動車らしさの具現化を進めるに当たり、2021年に公表した『RALLIARTブランド復活』の一環として「Asia Cross Country Rally 2022」(AXCR 2022)に参戦することにしました」(大谷氏)

こうしてモータースポーツ活動を再開した三菱自動車ですが、一方で昨今は、投資および事業に対する説明責任や効果、ROI(投資収益率)などがシビアに問われる時代です。今回のプロジェクトも、「一定の資金を必要とする活動が、どれほどブランド価値にポジティブなインパクトをもたらすのか」と経営陣から問われ、それが取り組むきっかけになったと言います。

プロジェクトを主導したラリーアートビジネス推進室室長の海谷博樹氏も、その認識を強く持ってプロジェクトに当たることになったと言います。

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▲三菱自動車工業株式会社 ラリーアートビジネス推進室 室長 海谷博樹氏


「以前は、販売貢献やメディア露出が指標になっており、ブランド価値に対する貢献度という観点でモータースポーツ活動を見ることはありませんでした。今回の取り組みは従来にないアプローチであり、測定手法はゼロから開発する必要があると感じました」(海谷氏)

このプロジェクトにコーポレートブランディングの観点から加わったグローバルセールスデベロップメント本部販売改革・ブランド推進室の板倉明宏氏も、これまでにないことに挑もうとしているプロジェクトがキックオフした当時についてこう語ります。

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▲三菱自動車工業株式会社 グローバルセールスデベロップメント本部
販売改革・ブランド推進室 担当マネージャー 板倉明宏氏


「私は三菱自動車のブランディングに関わってきました。その立場から見て、当社のブランドイメージに対するモータースポーツ活動のインパクトはかなり大きいだろうと推測はしていました。ただ、具体的にAXCR出場などの活動が、どれほどブランド価値向上に貢献できているかは、誰も分かっていませんでした」(板倉氏)

こうして、三菱自動車にモータースポーツ活動のブランド価値への貢献把握という明確なニーズが発生した中、イグニション・ポイントはどのようにこのプロジェクトに関与することになったのでしょうか。海谷氏はこう説明します。

「イグニション・ポイントには人脈をたどって連絡しました。ただ、同様の相談は他社にもしていました。複数の会社からそれぞれに異なる提案がある中で、最もコンペティティブかつ内容に一貫性があったのがイグニション・ポイントの提案でした。他社の提案は、少し算出のロジックに強引さがあるものや、最終的に私たちの期待値に届かないのではないかと予想されるもの、また、投資対効果の観点から、車両価格と販売台数をかけ合わせ、金額ベースで算出するアイデアなどもありました。しかし、われわれが導き出したいと考えていたのはブランド価値への貢献度であり、金額ベースの測定が正解なのか確信が持てませんでした」(海谷氏)

イグニション・ポイントの提案は、ブランド価値におけるモータースポーツ活動の貢献度にフォーカスし、さまざまなリサーチなどを経て数値による評価を導き出す内容であり、それが三菱自動車のニーズに合致していたようですが、海谷氏はこうつけ加えます。「他社の提案より筋がよかったとはいえ、『最終的に確からしい結果が出るかどうかは、やってみないと分からない』と思っていました」と心中を明かします。このプロジェクトは、それほどまでに前例のないチャレンジだったことが分かります。

プロジェクト本格始動、障壁はワンチームで突破

こうして、イグニション・ポイントをパートナーに緒に就いたプロジェクトですが、2023年10月頃から2024年1月にかけて要件定義や具体的な算出のロジック固めをすることになり、頻繁にディスカッションが行われました。今回のプロジェクトにおいてイグニション・ポイントは、どのようなケイパビリティで臨んだのでしょうか。同社のバリューインキュベーションユニットでパートナーを務め、このプロジェクトのイグニション・ポイント側のとりまとめ役を担った田中義人は、自社の強みについてこう紹介します。

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▲イグニション・ポイント株式会社 コンサルティング事業本部
バリューインキュベーションユニット パートナー 田中義人


「イグニション・ポイントは、新規性や不確実性が高い案件に対して、単にコンサルティングだけでなく、投資観点や新規事業推進の実効的支援などで力を発揮できる、多様なケイパビリティを持ち合わせています。これまでも、少々不確実な状況や測定しづらい事象であっても、持ち得る知見を総動員して、数々の実績を積み重ねてきました。今回のような、全くの白紙の状態からのアプローチでも、支援先と協働して道筋をつけてきた自負があります。このプロジェクトでもそうした実績が試されていると考え、三菱自動車とワンチームで挑みました。

モータースポーツ活動の企業価値に対する定量的な貢献度評価は、確かにこれまで恐らく誰も実現していない困難なテーマですが、困難だからといって評価しなくていいということにはなりません。むしろ、そうしたテーマであるからこそ、やり遂げる意義があると考えました。

社会はいま、より複雑で不確実性が増している状況です。評価しづらい、もしくは見えにくいからこそ、そこに光を当てて課題を明らかにし、解決の方法を模索する必要があります。それを解決に導くイノベーションや非連続的な成長に関わることが、私たちの使命だと考えています」(田中)

ただ、実際に始めてみると、意気込み通りに進まない局面もあったようです。調査手法を検討する初期の段階では、仮説すら立てるのが難しい中で行き詰まっては立ち止まり、ディスカッションを重ねてまた歩を進める、といった状況が続きました。

「この頃のエピソードとして忘れられない瞬間がある」と明かすのは、今回の調査手法の開発において、ロジック構築に当たったイグニション・ポイントのコンサルティング事業本部エクスペリエンスデザインユニットでシニアマネージャーを務める谷由香です。

「調査手法を検討している中で、ある課題の打開策がなかなか見いだせず、繰り返し議論をしたことがありました。そんな時、ふと板倉さんが提案してくださったある計算式で、一気に解決につながったことがありました。

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▲イグニション・ポイント株式会社 コンサルティング事業本部 エクスペリエンスデザインユニット シニアマネージャー 谷由香


これまでのコンサルタントの在り方からすれば、支援先企業からお題が与えられ、それに対する答えを用意するのが私たちの仕事です。でもこのプロジェクトでは、両社がともに頭を突き合わせて議論を積み重ねる意識が、全員にあったように感じます」(谷)

この話を受けて田中は、「これこそが、私たちイグニション・ポイントが大切にしている『共創』が、機能した瞬間だと感じます」と、この時の印象を語ります。過去に誰も達成したことのない領域にたどり着くには、その場にいる全員が、それぞれの得意分野を持ち寄って最適解を導き出す。そんな意識で挑み続けてこそ、高い目標達成の途上で幾度となく現れる壁を突破できる。今回のプロジェクトは、それを示したと言えそうです。

調査データをもとにブランド価値貢献を測定

そうした過程を経てようやく測定手法が固まると、2024年の2月から5月にかけて、実際にモータースポーツ活動が三菱自動車のブランド価値にどのように貢献しているのかを検証することになりました。プロジェクトチームの中でも、最も三菱自動車との距離感が近いスタンスでやり取りをしていた谷は、難易度が高いこの案件に関わりながらも、「このプロジェクトで成果を上げられるのは私たちしかいない」という思いで臨んでいたと明かします。

今回のイグニション・ポイントの布陣は、谷が所属するブランディングのスペシャリストであるエクスペリエンスデザインユニットと、田中が所属する事象の定量化や投資、事業の非連続な成長に関わるバリューインキュベーションユニットのコラボレーションチームです。そこから発揮されるファイナンス、ブランディング、リサーチなどの多彩なケイパビリティがあれば、きっと解決できるはず、とかねてから社内で話していたからだといいます。

2024年5月、予定通り検証は終わり、今回構築した手法によって導き出された数値が示されました。実際の数値は非公開ですが、果たして妥当性はあったのでしょうか。プロジェクトを主導した海谷氏はこう評価します。

「明確に望んでいた結果にたどり着けたと考えています。今回クリアしたテーマは、これまでおそらく誰も実現できなかった難題であり、成果を上げられなくても仕方がないとの思いも当初はありましたが、そうはいっても時間も費用もかけて挑んだプロジェクトですから、結果は出さないわけにはいかないとの思いで進めていましたので、正直にほっとしました。

一方で別の観点として、評価の軸は多数考えられ、今回の評価手法のみが正しいとは言い切れません。大切なのは、採用した評価手法のロジックがどれだけ納得感のあるものか、という点です。その意味からすると私自身はもとより、他の部門にも十分納得できるものであり、今後の経営幹部との議論にも耐えられるものでした」(海谷)

長く三菱自動車のモータースポーツ活動に関わってきた大谷氏にも特別な感慨があったようです。

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▲三菱自動車工業株式会社 ラリーアートビジネス推進室 室長付 大谷洋二氏


「どんな調査結果が出てくるのか分からず不安な思いもありましたが、実際に示された数字を見て『これは価値がある』と感じ、今後のさまざまな評価のベースになると直感しました。同時にこのブランド価値に対する貢献度調査は、単体の取り組みや単年のモータースポーツ活動ではなく、継続的な評価をすることにこそ意味があると感じました」(大谷氏)

三菱自動車のブランディングの側面から、これまで数々のリサーチを手がけてきた板倉氏はどう受け止めたのでしょうか。

「数字自体は驚くようなものではなく、極めて妥当なもので安心しました。このプロジェクトに取り組み始めたころは、もしかしたらとても低い、もしくはモータースポーツ活動がブランド価値に全く貢献していないという結果が導き出される可能性もあったわけですし、反対に信じがたいほど高い数値が出ることもあり得たわけです。しかし、実際に出てきた数値は信用に足るものであり、測定手法の確かさを感じました」(板倉氏)

専門性を結集し新たな測定手法を開発、次は価値向上へ

一方で、初めて実際にはじき出された数値を見て、イグニション・ポイントの手応えはどうだったのでしょうか。田中は、「表面的なものではなく、本質に迫る数値を示せる手法を開発したいと考えていましたので、納得感があるとの評価を伺った時には達成感がありました。今回の手法に一定の妥当性があるとすれば、今後は他にもブランド価値向上に貢献する活動の割り出しなど、多様に利用できるのではと期待しています」と実感を口にします。

今回の数値を算出するロジック構築をリードした谷も、「私は評価手法のロジック構築に関わっていましたから、もし納得のいかない数値が出たらその責任は大きいと感じていました。そのため、結果に触れたみなさんの表情を見て、本当にほっとしました」といいます。

また今回の手法では、アンケート調査による独自のプロセスを用いており、その点も調査の信頼性の担保につながったのでは、と谷は分析しています。この分野の設計からリサーチに至るまでを主導したのは、コンサルティング事業本部エクスペリエンスデザインユニットのシニアマネージャーである坂本亜津子です。坂本は、結果としての数値からは伺い知れないこうしたプロセスについて、こう振り返ります。

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▲イグニション・ポイント株式会社 コンサルティング事業本部 エクスペリエンスデザインユニット シニアマネージャー 坂本亜津子


「私の関与した領域では、調査で動いてくれた多くのメンバーがおり、その積み重ねが成果につながったと思います。また今回の調査は、日本だけでなく複数の国で実施しており、もしそれぞれの国における自動車の在り方、モータースポーツ活動の内容などを踏まえずに調査結果をまとめていたら、実態を捉え損ねかねない懸念がありました。その辺りの詳細については、大谷さんから情報を得られたことでエリア特有の状況にフィットする調査をまとめることができ、精度の高い結果につながったと感じます。一方で、板倉さんから提供いただいた各種のリサーチに関する知見も、調査の妥当性を補強する材料になりました。それらすべての要素で成り立っているのが、今回の手法だと考えています」(坂本)

今回のプロジェクトを通じて三菱自動車は、イグニション・ポイントをどう評価しているのでしょうか。「調査手法の核となるロジックでは谷さんが、ストラテジックな局面では田中さんが前面に立って対応いただくなど、イグニション・ポイントは各自が異なる領域の強みを持つプロフェッショナル集団だと、さまざまな局面で感じました。その一方で、調査は地道に進めていただいているといったように、常に安心感がありました」(海谷氏)

大谷氏はこう評価します。「私の印象に残っているのは、苦境に陥ったときや判断が難しいときに複数の選択肢を示し、それぞれのメリットとデメリットを明確に説明してくれたことです。それによって冷静に判断して先に進むことができました」(大谷氏)

今回、目に見えなかった事象の数値化で足がかりをつかんだ三菱自動車は、今後どのように打ち手を進めていくのでしょうか。海谷氏は「今回の結果を踏まえて、当社がモータースポーツ活動を継続あるいは拡大していくとき、経営陣にコンセンサスを得て投資判断を仰ぐ根拠として、今回の数値が活用できると期待しています」と述べる。大谷氏も「今回はモータースポーツに関連した評価が目的でしたが、可能性として見えてきたのは、モータースポーツ以外の貢献要素の可視化です。その割合は企業ごとに異なるものだと思いますが、その比較から当社の特徴が明らかになり、施策の検討につながるのではないでしょうか」と、新たな活用法に思いを巡らせます。

今イグニション・ポイントでは、ブランド価値に対するさらなるモータースポーツ活動の貢献度向上を目指した施策の検討・実行などに資する支援や、三菱自動車のブランド価値自体の向上においてできることがあるのではないかなど、次のステップも含めて検討を進めています。

またそれと同時に、自社のケイパビリティの適切なシナジーによって、ブランディング活動の価値など、従来は定量化が難しいテーマを計測する手法の開発に、手ごたえと可能性を感じているところです。

三菱自動車工業

(記載内容は2024年10月時点のものです)

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