データ分析でグループの価値をシフトする。
三井不動産が取り組む事業横断DX

ありたい姿を目指してデジタルで変革を
多様な事業を手がける大手デベロッパー三井不動産は、2030年度前後の「ありたい姿」と、そこにたどり着くための戦略をまとめた長期経営方針「& INNOVATION 2030」を、グループ内外に向けて発信しました。
そこに明記されたありたい姿とは、「産業デベロッパーとして、社会の付加価値の創出に貢献」するというものであり、そこにたどり着くための事業戦略を3つ掲げています。そのうち2つは、盤石の既存事業のさらなる成長や発展的展開を期するものですが、3つ目の戦略は、新たな挑戦で非連続的な成長を目指す「新事業領域の探索、事業機会獲得」です。また、各戦略実行の基盤となるのは「人材、DX、ESG」であると規定しています。
すべての戦略を実行へと導く重要な基盤の1つであるDX。三井不動産でその原動力となっているのは、四部からなる「DX本部」です。陣容は役員を含むおよそ150人(2025年4⽉現在)。この2年ほどで30人超を増員しており、同社のデジタル変革に向けた力の入れ方が分かります。
一言でDXといってもカバーする領域は幅広く、グループ全域におよぶ組織内部の業務効率化などはもちろん、同社が提供するオフィスビルや商業施設、ホテル・リゾート、すまいなど、幅広いサービスを利用する顧客に向けた、新たなビジネス価値提供も大きなテーマです。
こうした三井不動産グループのDXをリードするDX本部の中でも、顧客やサービスに関するシステム開発やデータソリューションなどを受け持つのが「DX二部」であり、その部長を務めるのが寺田和仁氏です。寺田氏は、デベロッパーとしての三井不動産とデジタルやデータの関わりを次のように説明します。

▲三井不動産株式会社 DX本部 DX二部 部長 寺田和仁氏
「デベロッパーには競合他社も多い中、投資機会を模索してバリューの高い土地を取得、そこにさまざまな建物を建ててお客さまにご利用いただくという従来のビジネスの流れに、当社グループならではの新たな価値をデジタルの力で付加することで、さらなる成長余地があると考えています」(寺田氏)
「& INNOVATION 2030」に盛り込まれた構想
こうしてデジタルのポテンシャルに期待がかかる中、今回打ち出された「& INNOVATION 2030」には、寺田氏の業務に直結するミッションが盛り込まれていました。それが、「三井不動産グループネットワーク」の構想です。
「これは、当社グループの各事業が有する膨大な『場』、培ってきた多種多様な顧客との『コミュニティ』を最大限に活用するもので、想定するグループ内の会員組織の総和は、およそ1600 万人にもなります。これら、グループ内の個々のサービスにひもづく会員組織を、デジタルの力で1つにつなげようというのがこの構想です。お客さまはポイント連携をはじめ、ステータスに合ったサービスメニュー提供の他、ウェルスマネジメントにも積極的に取り組んでいく想定です。これらによって、これまでご利用いただいていたサービス以外の価値を提供し、三井不動産グループとのお付き合いに魅力を感じていただけるようにしたいと考えています」(寺田氏)

3週間の「壁打ち」が転機に。動き出したグループ横断プロジェクト
大規模なプロジェクトとなる「三井不動産グループネットワーク」の構想について、「& INNOVATION 2030」発表に先立って構想を知らされた寺田氏は、実行に向けてアクセルを一気に踏み込む必要を感じたものの、これまでの活動を振り返り、いくつかの課題を感じていたといいます。
「私が所属するDX二部は、主に顧客系システムやサービスに関するシステム開発、データソリューションなどを担当してきました。ただ、これら通常の業務範囲には収まらない、この先の三井不動産を見据えたトランスフォーメーションの試みは、これまで限定的だったと言わざるを得ない状況でした」(寺田氏)
寺田氏が感じる課題は具体的に次のようなものがあると紹介します。
「デジタル基盤は構築したものの、十分に活用できていない」「事業部とデジタルで解決可能な課題のあぶり出しができていない」「時折PoCなどを行うことはあっても、効果検証やその後の改善など、継続的なサイクルにつながっていない」「データを利活用したグループ横断の施策検討ができていない」。
これらの状況から寺田氏は、「これまでの取り組みをビジネス価値に昇華させる余地はまだまだ大きい」と表現します。
しかし、グループネットワーク構築の命が下されたからには、専門的な知見を得て至急態勢を整える必要があります。そこで、これまで三井不動産に対して継続的にコンサルティング支援を行っており、当時も別のプロジェクトでデータ利活用の議論に加わっていたイグニション・ポイントに、「壁打ち相手」になってほしいと依頼します。
散発的なやりとりが3週間ほどに及んだというこの壁打ちで寺田氏は、プロジェクト推進に関する課題や疑問を、思いつくままぶつけていったと振り返ります。この時のイグニション・ポイントとのディスカッションを通じて、課題から核心を見抜く洞察力や、DXに関する知見を感じ取り、パートナーとして力になってほしいと声をかけました。
この壁打ちを経て2024年3月、正式なコンサルティング契約を締結。イグニション・ポイントは「三井不動産グループネットワーク」構築に向けたデータ利活用プロジェクトに関与する形で、同グループのDX支援に当たることになりました。
今回、支援の前面に立つこととなったのは、コンサルティング事業本部 デジタルユニット マネージャーの北裕允(ゆうすけ)です。北をはじめとしたチームは、「DXは、一過性の施策やツール導入で完了するものではなく、デジタルやデータを駆使して連続的にPDCAを回す『経営変革』そのもの」という信念のもと、支援に臨んだと明かします。

▲イグニション・ポイント株式会社 コンサルティング事業本部 デジタルユニット
マネージャー 北裕允
こうした考えは寺田氏の思いとも同調し、デジタルの力でグループに横串を刺す、三井不動産としても前例のないプロジェクトがスタートします。これが実現すれば、各種サービスを利用する顧客の行動に対する理解が深まり、今後、よりパーソナライズされた体験の提供が可能になります。ただ、関係者が多い取り組みであり、実行には十分な地ならしが必要だと北は認識していました。
これまでそれぞれの事業会社が進めてきた顧客管理のシステムを一元化するには、各現場で担当者が行ってきた手作業や属人的なプロセスを、同一のデジタル基盤で行うなど、多くの現場で仕事の進め方を変革する必要があります。
一般にDXの過程では、慣れ親しんだ方法からデジタルを活用したまったく新しいプロセスへと切り替える際、異なる作業に戸惑って現場の効率が一時的に低下するなど、混乱も伴いがちです。こうしたことから、これまで行ってきた部署ごとの「部分最適」を優先する心理が働きやすい状況になります。
こうした時、理想像を関係者全員で共有し、粘り強く社内理解の促進を図ることで「全体最適」を目指すといった、地道な活動もDXには欠かせません。今回は、その理想像こそ三井不動産グループのありたい姿であり、そこにたどりつくには「三井不動産グループネットワーク」の実現が必須ということになります。
フレームワークがあぶりだした課題と支援のポイント
こうしてプロジェクトは本格化していくことになりましたが、北をはじめとしたイグニション・ポイントのチームでは今回、まさに寺田氏が課題の1つとして挙げていた「デジタルでビジネスの課題を解決する」をかなえるため、イグニション・ポイントが開発したデータ活用のフレームワークである「BRIDGE」(ブリッジ)を提案しました。BRIDGEについて、北はこう説明します。
「BRIDGEは、イグニション・ポイントがデータ利活用の支援で用いるフレームワークで、ビジネスとデジタルテクノロジーを文字通り『橋渡し』するものです。これによって、ビジネス課題に適した分析アプローチが認識でき、プロジェクトのスムーズな進行をアシストします」(北)
データ利活用の現場では、「分析結果をどう解釈してビジネスに落とし込めばよいのか分からない」というビジネスサイドの課題がある一方、解決策を示すデータ分析サイドでは、「ビジネス課題を正確に把握できず、適切な分析手法に落とし込めない」という双方の理解不足からくるギャップがあります。これが、データ利活用の大きな妨げになっています。
BRIDGEは、そのギャップを解消する手助けとなるわけですが、北は当事者間だけでなく、イグニション・ポイントにとっても大きな意味があるとして、こう説明します。
「BRIDGEは企業によって異なる課題を、単純化したテンプレートにはめ込もうとするものではなく、むしろそれぞれに異なる課題の特徴を明確にするものです。それによって三井不動産グループの各事業部と、データを分析するDX本部双方にある課題や悩みを正しく理解し、イグニション・ポイントがどのプロセスにどれほど関与すべきかを把握することができます」(北)
プロジェクトでは、最終的に各事業の会員組織の状況をグループで共有できることを目指しますが、まずその初期段階として、会員組織を運営する各事業(オフィスビル事業、商業施設事業、すまい事業、ホテル事業)に対し、横断的なデータ分析を実施することになったといいます。
取り組みの第1段階となる今回、どのような成果が得られたのでしょうか。
地道な努力の積み重ねでたどりついたデータ利活用の成功体験
「三井不動産グループネットワーク」構築の初期段階となるこの1年ほどで、どのような成果が見えたのでしょうか。北はこのように分析します。
「今回取り組みを実施した範囲はまだ限定的ですが、DX本部とイグニション・ポイントが協働して関係各所にヒアリングを実施、一部の事業の意思決定やビジネス検討につながるアウトプットが創出できたなど、目に見える成果がありました。一方で、取得データが足りない、施策検討に向けて別の切り口で分析する必要性があるなどの課題も見つかりました。ただ、これらも今後PDCAを回していくための貴重な成果の1つと捉えています。目指しているグループ横断の会員基盤共有化に向けて、地ならしともいえる意義のあるスタートが切れたと考えています」(北)
寺田氏は、自社グループのDXをリードする存在として、別の視点を持っていました。
「事業部からは、『他の事業のサービスを含めて会員属性が意識できるようになった』『他の事業と顧客を共有するなど、連携や新しい提供価値創出がイメージできた』などの声が聞かれ、今後の本格的なデータ利活用に向けて、意義ある成功体験を得ることができました。また、各事業部からDX本部への継続的なデータ利活用支援の依頼へと発展しており、社内におけるデータ利活用の重要性を一層高めることができたと手ごたえを感じています。今後もこうした成功体験を積み重ねていきたいと考えています」(寺田氏)
今回、各事業部に対して同じ分析条件で進める予定でしたが、実際には、指標定義や分析意義(ビジネスに活用できるのか)の理解やデータの有無など、各事業部個別の対応に奔走することになりました。地道な作業が続き、解決に難しさを感じる局面もあったといいます。
これをDX本部とイグニション・ポイントのチームが一体となって議論を重ね、一つ一つクリアしていきました。今回の取り組みで、各事業部のデータ利活用に対する理解、データ分析サイドであるDX本部の各事業に対する理解は確実に深まり、三井不動産グループのDXの地盤が固まったと言えそうです。
寺田氏は「基盤や分析力は道具に過ぎない。分析結果が得られたことで満足するのではなく設定した課題を解決し、ビジネスに成果が生まれることが目的」とDXの本質を再確認します。そのため、各事業部が課題解決に向けた意思決定を、データドリブンで行う文化の醸成と仕組みの整備が必要だと指摘します。次なるステップは、事業部の担当者が顧客行動に関するデータへタイムリーにアクセスできる環境を整備し、データドリブンな意思決定を促進するとともに、ビジネス成果へとつなげるサイクルを定着化させること。これをイグニション・ポイントとともに目指します。

(記事の内容は2025年4月時点のものです)